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大分地方裁判所 昭和42年(ワ)242号 判決 1968年7月31日

原告

井本民子

ほか四名

被告

戸田正利

ほか一名

主文

被告県は原告タマヱに対し金二、一五六、五三〇円および内金一、九五六、五三〇円に対する昭和四〇年一〇月二六日以降、その余の原告らに対しそれぞれ金一、一三〇、六六五円および内金一、〇三〇、六六五円に対する同日以降各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。原告らの被告県に対するその余の請求ならびに被告戸田に対する請求をいづれも棄却する。

訴訟費用は、被告県との間に生じた分は三分してその一は原告らの、その余は同被告の、被告戸田との間に生じた分は全部原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告らの求める判決。

被告らは各自

原告タマヱに対し金三、三八七、一九六円および内金三、〇八七、一九六円

同民子、同清美に対しそれぞれ金一、六四五、九九八円および内金一、五四五、九九八円

同憲司、同美智子に対しそれぞれ金一、六九五、九九八円および内金一、五四五、九九八円

について昭和四〇年一〇月二一日以降各支払済まで年五分の割合による金員を支払え

訴訟費用は被告らの負担。

仮執行の宣言。

二、被告らの求める判決。

請求棄却。

訴訟費用は原告らの負担。

仮執行免脱の宣言。

第二、請求原因

一、事故の内容

被告戸田は昭和四〇年一〇月二〇日午後九時五分頃第二種原動機付自転車を運転して国道一九七号線を大分市鶴崎から大分県庁方向に向つて時速約三〇キロメートルで同市長浜町二丁目一三番二八号先交叉点手前附近に差かゝつた際、対向車の前照灯に眩惑され前方注視ができなくなつたが、このような場合運転者として一時停車し、又は最徐行して視力の回復をまち、前方の安全を確認して進行し衝突を未然に防止する注意義務があるのに、これを怠り慢然減速しないまゝ進行したため、折柄右交叉点の横断歩道を向つて右から左え横断中の歩行者訴外亡井本清一の発見がおくれ、これに気付いた折既に遅く、制動が間に合わず、自車を同人に激突せしめ、同人をその場に転倒させて頭蓋骨折の傷害を与え、よつて同人をして同年一〇月二五日死亡せしめた。

二、使用者責任

被告戸田は当時大分県新産都建設局所属の技術吏員で、その運転していた自転車は大分県の所有であるが、これは当時同局に配属され、被告戸田が事実上専用していた。そして同被告は右事故当日大分臨海工業地帯三号埋立地にある同局監督員詰所に午後八時三〇分頃まで勤務したのち右自転車を運転して帰宅する途中右事故をおこしたものであるから、これは同被告が県の事業を執行中前記清一を死亡せしめたものである。

三、損害

(一)  清一に生じた損害

清一は明治四四年八月二五日出生し、昭和一四年八月以来大分郵便局に勤務し、事故当時主任の地位にあり五四才の健康な男子であつた。

郵便局においては、慣例により毎年六月そのときまでに満五九才に達している者に対して退職勧奨がなされている。

したがつて、清一は昭和四六年六月満五九才一〇ケ月に達するので、この時まで、同郵便局に勤務して給与(手当を含む)を受ける地位にあつた。

1 財産上の損害

(イ) 事故当時の俸給は、月額四九、五〇〇円(普通職群二級一九号)であり、若し本件事故がなかつたならば、当然、昭和四二年四月には五一、九〇〇円(一級一五号)に、同四四年七月には五七、二〇〇円(一級一六号)に、同四五年一〇月には六〇、〇〇〇円(一級一七号)に、それぞれ昇給し、扶養手当は月々妻である原告タミヱについては六〇〇円、満一八才未満の子については第一順位六〇〇円、第二順位以下四〇〇円であるので原告クマヱとの間の長男清美が右の年令に達する昭和四一年二月二六日までは同人及び同じく長女民子の二人について合計一、〇〇〇円、その後右民子が右の年令に達する翌四二年九月七日までは六〇〇円が支給されその他俸給月額に対する比率による時間外乃至祝日勤務手当は過去の実積に鑑み別表のとおり推計され、また期末手当についても現行規定によるものとして同様別表のとおり算定する。

ところで、当時高校三年在学中の右清美、同一年在学中の民子に相応の学費を支出し、妻タマヱは病弱であつたことなどの諸事情にかんがみ、清一の生活費は収入の三割に見積り、別表のとおり右総収入から所得税、共済掛金清一も加入していた郵政職員で組織する互助会掛金遺族年金を差引いた純利益は、単純に合計すれば二、六九五、四一六円となり、これにホフマン式算定法を用い民事法定年五分の利率によつて中間利息を年毎に控除し前記死亡時における現価を算出すると二、三〇五、七一一円となる。

(ロ) 清一は厚生省昭和三五年度簡易生命表によると尚二〇年間の平均余命があつたところ、このうち昭和四六年六月の前記予想退職時以後死亡に至る迄尚一四年間年額三八二、〇四五円の年金をうけうべきであつたので、その間の遺族年金一三六、七一八円を差引くと二四五、三二七円の利益を失いこれを前記のとおりのホフマン方式により死亡時の現価を計算すると二、〇八〇、九七一円となる。

(ハ) 清一は昭和四六年六月に三、三六五、六七〇円の退職金を受ける筈であつた。ホフマン方式により死亡時のその現価を求めると、二、五八八、九七六円となり、これから現実に受領した退職金一、六〇六、三〇五円を差引くと九八二、六七一円を清一は失つたこととなる。

(ニ) 同様に互助会からも退職一時金として五〇一、八七九円を受ける筈であつた。ホフマン方式により死亡時のその現価を求めると、三八六、〇六〇円となりこれから現実に受領した一時金二七九、四二三円を差引くと一〇六、六三七円を清一は失つた。

以上(イ)給与(手当を含む)(ロ)年金(ハ)、(ニ)退職金二口の各純益の死亡時における現価を合計した五、四七五、九九〇円が、清一の失つた財産上の損害である。

2 慰謝料

清一が本件交通事故のため四人の子供と病弱の妻を残して死亡するに至つた精神的苦痛に対する慰謝料としては二、〇〇〇、〇〇〇円を相当とする。

よつて右1 2を総計した七、四七五、九九〇円が清一が本件事故により被告らに対し取得した損害賠償請求権である。

3 原告らの相続

原告クマヱは清一の妻として清一に生じた右損害賠償請求権の三分の一に相当する二、四九一、九九六円を、その余の原告らは、いずれも清一の子としてそれぞれ六分の一に相当する各一、二四五、九九八円を相続した。

(二)  原告らの固有の慰謝料

原告タマヱが夫を失つた精神的苦痛に対しては一、〇〇〇、〇〇〇円、その余の原告らが父を失つた精神的苦痛に対しては各四〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  以上を総計して原告タマヱは三、四九一、九九六円、その余の原告はいずれも一、六四五、九九八円の損害賠償請求権を得たところ、その内金として、昭和四二年五月二日、原告タマヱが四〇四、八〇〇円、その余の原告がいずれも一〇〇、〇〇〇円の金員を被告戸田から受領したので、これらを差引いて原告タマヱが三、〇八七、一九六円、その余の原告がいずれも一、五四五、九九八円およびこれらに対する本件事故発生の翌日である昭和四〇年一〇月二一日以降支払済まで年五分の割合による遅延損害金の損害賠償請求権を得たことになる。

(四)  弁護士費用

そのほか被告らが任意に賠償に応じようとしないので原告らは右請求権を実現するため大分弁護士会所属弁護士吉田孝美に本訴追行を委任し、本訴第一審終了後、同弁護士に対し手数料及び謝金として総額八〇〇、〇〇〇円を支払うことを約し、内三〇〇、〇〇〇円については原告タマヱが、内各一五〇、〇〇〇円については夫々原告憲司、美智子が内各一〇〇、〇〇〇円については夫々原告清美、民子が分担することにした。

以上は、本件事故により生じた損害であるから被告らがこれを賠償すべきである。

四、結論

よつて原告らは被告両名に対して各自原告らに対し前段(三)(四)記載の合計金の支払を求める。

第三、被告らの答弁

原告主張の請求原因事実のうち、被告戸田が対向車の前照灯に眩惑されたので直ちに急制動をかけたもので、慢然と進行を続けたものではなく、このとき余りにも原告主張の横断歩道に近かつたので僅か時速三〇キロ程度ではあつたが停車するに至らず清一に衝突したもので、その原因は同被告の過失によるものではなく、右対向車が前照灯を下向きにきりかえなかつたことと、右清一が同被告の自転車が余りにも接近しているのに酩酊のためその危険が近いのにこれを無視してその直前を横断した過失に基づくものである、と述べて同被告の過失を争い、また、右自転車は同被告の専用ではなく従つて原告主張の事故に際して同被告は通勤、退庁という全くの私用に原告ら主張の自転車を使用していたものである、と述べて被告県の業務執行中であつた点ならびに、原告ら主張の損害額を争い、その他の点は認めた。

第四、被告らの抗弁

一、被告県の免責

被告県は被告戸田の選任監督について相当な注意を払つた。

二、和解成立

被告戸田は昭和四二年五月二日本件事故による損害賠償の金額について原告ら代理人である吉田弁護士と金八〇四、八〇〇円と協定し、その頃支払いを終え、その余の残額については免除された。

よつて右のとおり一部弁済、残額免除の約束は被告らの共同債務に対して共通の効力を有する。

三、過失相殺

当時被告戸田は原告ら主張のとおり時速僅か三〇キロメートルで走行中であつたので、清一において身をかわして衝突を避けることは容易であつたが、同人は泥酔して被告戸田の走行に気づかず、その直前に歩み出て来たため制動が間に合わなかつたのであるからこの被害者の過失を考慮すべきである。

第五、抗弁に対する答弁

全て原告らは争つた。

第六、証拠 〔略〕

理由

原告主張の請求原因事実のうち「事故の内容」欄記載中、被告戸田が昭和四〇年一〇月二〇日午後九時五分頃第二種原動機付自転車を運転して時速約三〇キロメートルで原告主張の場所に差しかゝつた際対向車の前照灯に眩惑され、その際原告主張の交叉点の横断歩道を向つて右から左え横断歩行中の訴外亡井本清一に激突し、同人をその場に転倒させて頭蓋骨折の傷害を与え、よつて同人をして同年一〇月二五日死亡せしめたことは当事者間に争いがない。

ところで、対向車の前照灯に眩惑されることは珍らしいことではなくこれを避けるためには必要のない限り予めセンターラインより遠ざかつて進路をとることが好ましく、他方二輪車は機構上予め所要の方向に重心を移して車体を傾斜させたのちでなければ急なハンドルはきれないし転倒の虞れのため制動機能も十分には果しえず障害物を発見した際これを避けるべき咄嗟の措置をとるのに四輪車に比し能率が低いことは公知の事実であるのに、成立に争いのない甲第四号証の一乃至三、第七号証および被告戸田の供述並びに右争いのない事実を総合すると、被告戸田は右の時刻、二輪車を運転して右衝突現場に至るまで、車道幅員二四メートルの片側車線中央部附近より稍中央分離帯(その幅約一・四五メートル)寄りに進路をとり、右の速度で進行中前記のように目が眩み前方が全く見えなくなつたが、このような場合には二輪車の前記のような特性に鑑み、直ちに減速すべき注意義務があるのにこれをなさず、そのまゝ約三〇メートル前進した時約五・八メートル前方の横断歩道上に前記清一をようやく発見して制動をかけたが、その効果はスリツプ痕を残さない程度のまゝ同人に激突する一方二輪車は左ステツプの先端を約三・五メートル路面に接触させ乍ら転倒したことが認められ、これに反する証拠はない。

被告戸田が当時被告大分県の雇傭する技術吏員で大分県新産都建設局に所属しており、また当時運転していた原動機付自転車は被告県所の公用車であつたことは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、被告戸田の当時の勤務場所は大分臨海業地帯三号埋立地の監督員詰所で現場監督をしており、同所は右建設局事務所より約二キロ離れており、現場監督の職務の特性並に右詰所の位置的関係から右公用車は被告戸田が事実上専用しており、また詰所の交通機関の関係上同所で残業した場合には帰宅するのに最終バスに間に合わなくなる実状から、少くとも残業した折には通勤に公用の燃料を消費して右専用車を使用することが事実上黙認されていたこと、右事故発生の当日も被告戸田は右詰所において午後八時四〇分頃まで残業しており、帰宅するのに利用すべきバスは終車に間に合わなくなつていたので右公用車を使用して帰宅途中、前記が発生したものであること、が認められ、これに反する証拠はない。そうすると、帰宅途中ではあるが、黙認された公用車の使用途上の事故であるから、外形上被告県の事業の執行中であつたということができる。

そうすると、被告県は用者として、被告戸田は自らの過失によりひき起した右清一の死亡に基づく損害を連帯して賠償する責任を負うものである。

そこで清一の死亡に基づく損害について検討する。

一、清一のうべかりし利益の喪失

〔証拠略〕を総合すると、原告主張のとおりの根拠により、右清一は中間利息を控除して現価五、四七五、九九〇円の財産上の利益を失つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

二、同人の慰謝料

〔証拠略〕によると右清一が原告主張のとおりの経歴、家庭環境にあつたことが認められ、これに前記本件事故の態様を併せ考えると、同人の慰謝料は二、〇〇〇、〇〇〇円を下るものとは認められない。

そうすると、清一のうけた損害は合計七、四七五、九九〇円であるが被告らは過失相殺の抗弁を主張するので、この点について検討する。

清一が本件事故直前どのような歩行態度をとつていたかについては全く証拠がないが、前掲甲第七号証によると、同人が横断しようとしていた道路は車両通行の極めて頻繁な個所であり幅員は二四メートルもあるのみならず、中央分離帯まで設置してあるところである、ことが認められ、夜間歩行者の目には車両の前照灯の光は極めて明瞭に確認しうるものであるから、清一は横断半ばにおいても右分離帯附近において、ほんの僅かな注意によつて容易に被告戸田らの原動機付自転車の前照灯の接近に気がついた筈であり、数秒間佇立することにより容易に本件事故を避けえたものと考えられるので、同人の過失を推認することは困難ではなく、しかもそれは決して小さいものではないので、この点を斟酌して清一が被告らに請求しうべき賠償額は前記損害の三分の二、即ち四、九八三、九九二円と認める。そして原告らが右清一と原告主張の身分関係にあることは当事者間に争いがないから、原告タマヱはその妻として三分の一、即ち一、六六一、三三〇円、その他の原告らはいづれもその子として各六分の一即ち八三〇、六六五円の請求権を相続により承継した。

次に原告ら固有の慰謝料について検討する。

〔証拠略〕によつて認められる諸般の事情を考慮して、夫を失つた原告タマヱの精神的苦痛に対する慰謝料は七〇〇、〇〇〇円、父親を失つたその他の原告らの同様慰謝料は三〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

そして原告タマヱは四〇四、八〇〇円、その余の原告らは各々一〇〇、〇〇〇円の賠償を被告戸田からうけたことを自認するのでこれを差引き、以上を合計すると、原告タマヱは一、九五六、五三〇円、その余の原告らは各々一、〇三〇、六六五円およびいづれも清一死亡の翌日である昭和四〇年一〇月二六日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求しうべきものである。

そのほか、原告タマヱの供述並に弁論の全趣旨によると、原告らが右賠償請求の訴訟の提起を大分弁護士会所属弁護士吉田孝美に依頼し、その報酬として原告ら主張のとおり支払うことを約したことが認められ、これに反する証拠はないが、諸般の事情殊に本訴における被告県の態度に鑑み、原告らが賠償請求しうべき範囲は原告タミヱについて二〇〇、〇〇〇円、その余の原告らについて各一〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

ところで、被告県は免責事由として、被告戸田の選任監督について相当な注意を払つた旨主張するが、〔証拠略〕によると、被告県は部内職員に対して交通事故防止のため、一般的に種々文書を配布してその注意を喚起しているが、本件の如く公用車を通勤に使用することに対する具体的監督措置は全くとられていなかつたことが認められ、この認定によると、いまだもつて被告県は使用者としての責任を免れることはできず、その他右の主張を裏付ける事実にそう証拠はない。

次に被告らの和解成立の主張について判断する。〔証拠略〕によると、被告戸田は本件事故の責任を問われて刑事事件として起訴されているうち昭和四二年五月二日原告ら全員のために昭和四二年五月二日原告タマヱに示談金八〇四、八〇〇円を支払い、原告タマヱは同被告の資力の限界を考えてこれ以上同被告に請求することを断念し、その余の損害は専ら使用者である被告県に対して賠償を求めることとしたことが認められ、右の認定に反する右原告の供述は信用できない。この事実によると、原告らは被告戸田に対してはそれ以上の債務を免除したものということができる。

ところで、被用者の不法行為に基づく賠償義務について使用者と被用者の責任は講学上負担部分の観念の入る余地のない不真正連帯債務とされ、債務消滅事由として、各債務者間に、弁済は絶対的効力を有するが、免除は相対的効力しかないものとされ、当裁判所もそのように解する。

そうすると、原告らの被用者である被告戸田に対する本訴請求は右の免除によつて消滅した債務に対するものであるからこれを失当として全部棄却し、使用者である被告県に対する本訴請求は前記認定の限度に於て理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却し、仮執行の宣言は本件において必要ないものと認めこれを附さないこととし民訴法第八九条第九二条により主文のとおり判決する。

(裁判官 三好徳郎)

〔別表〕 略

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